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今昔映像とスナップ写真館④~川堰橋・旧 湯河原ホテル・室伏製麺所~

川堰橋 (かわせぎばし)

「何をせきとめていたの?」

川堰橋の「川堰」は水力発電で水をせき止め、温泉をくみ上げていたことからつけられました。
昭和初期には千歳川に沿って、沢山の水力発電が見られました。また川堰橋は熱海市泉地区とつながる重要な橋でもあります。橋を渡ると伊豆湯河原温泉になります。もう一つの湯河原があります。古くは岩戸山、日金山、十国峠を結ぶ嶺線によって熱海市と湯河原は分かれていました。それが千歳川によって県境とされたのは昭和30年のことです。

旧 湯河原ホテル

「傷も心も癒します」

日清・日露戦争で負傷した軍人を癒すために湯河原は陸軍に借り上げられました。その数、日清戦争では療養患者数延数で佐尉官1,260名、下士以下30,491名にあがりました。令和現在の湯河原人口より多い軍人が湯河原に来ていたのです。
現在は近代建築のニューウエルシティ湯河原ですが昭和の初めはこんな趣のホテルだったのですね。

室伏製麺所前

「水車は湯河原に沢山あった」

良質な米や小麦粉が採れた湯河原では、農業用水路を使って米や小麦を粉にする作業は水車が担っていました。
また湯河原には「室伏」姓が多く、各屋号からたくさんの分家があります。
写真の室伏製麺は小田原系ラーメンの元祖です。湯河原のみならず日本中の小田原系ラーメンの元祖が湯河原発であると言えます。また、写真のバス道路(椿ライン)は宮上地区の数百メートルを室伏勝蔵さんの寄付によって開通しました。